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【東北計画4日目】


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4日目行動 仙台地図

今日は南北の移動距離の長い日。
一番最初は仙台七夕まつりなので、某スーパーを0500時に出発して仙台市中心部へ。

七夕祭りの様子

七夕まつりの次は、一旦北上して勿来の関跡へ。

「勿来の関」というと福島県だから場所等を調べていたら、宮城にあったとの説があることがわかった。
なのでその場所を調べたら仙台からそんなに遠くない。なので旅程に加えた。
宮城勿来の関

宮城県利府町にある惣の関ダム。この近くに勿来の関跡がある。
惣の関ダム
惣の関ダム

まずダムに登ってみた。
しかし雑草生い茂る小径を登っていくので、スズメバチに遭遇しないか心配で仕方なかった。
惣の関ダム
勿来川

ダム湖の光景。
ダム湖の光景
ダム湖の光景

「ダム」といいながら随分小さい。 この大きさだと、ウチの方にある多摩湖(村山貯水池)の方がよっぽど大きい。
堤体

高所恐怖症の人間にとって、こういう写真を撮るのは命懸けだ。
堤体の放水路

本命の勿来の関跡。
ダムの手前の林の中にある道を入る。(右に見える道)
勿来の関跡入り口
するとすぐに見えてくる。
勿来の関跡
看板と社(?)があるだけの簡単なもの。「知る人ぞ知る」という言葉がピッタリな存在だ。
勿来の関跡
勿来の関跡

勿来の関跡を見終わったので再び被災地を見る…海沿いを走りに行くわけなんだけど、 勿来の関跡に来るときに仙台方向の道が渋滞していた(平日なので通勤渋滞)。 あの渋滞に巻き込まれるのは嫌だったので、 利府中ICから仙台港北ICまでの2区間だけ高速を利用して海沿いに出た。
仙台地図2

工場地帯を抜けたところで、海岸の方へ行ってみた。
いきなりまたあの何もない土地が拡がっていた。

仙台市交通局(出張所)の施設が被災していた。
仙台市交通局
給油機が倒れている
仙台市交通局
仙台市交通局

もうちょっと海岸の方まで行ってみたけど、海岸は瓦礫置き場になっているのが見えた。
北西方向は何もない荒れ地。
北西方向を見る
北東方向も同様。地図を見るとこの付近は水路が走っているから水田だった場所か?
工場地帯(北東)方向を見る
南東方向は海岸。1階が抜けた無人の家と瓦礫置き場が見える。
南東方向を見る

松島基地周辺と同様に海沿いは走れなさそうなので、一旦戻っていった。
ちょっと走ると消防ヘリポートがあるので、ヘリ見えるかなと思っていたんだけど、 海岸方向はずっと瓦礫置き場でヘリポートも運用しているか怪しい状態だったので見に行かなかった。

しばらく県道10号線を南下していったら、被災したガソリンスタンドがあった。
屋根まで壊れているということは、流れてきた何かがぶつかったのだろう。
被災したガソリンスタンド
そして道路にはこのような看板が。
関係者以外通行禁止
ガソリンスタンドの向かいにはコンビニの跡。
向こうにある建物(民家)は一番上まで被害が出ている。かなりの高さの津波が来たということだ。
コンビニの跡
近くにある小学校(荒浜小学校)。体育館はかなり壊れているが、 こちらから見る限りでは校舎の方は被害が小さいように見える。 これは建物の方向が津波をあまり受けない向きだったからだろう。
小学校
海岸方向は雑草が生えているため、地面が見えない状態。
被災した建物らしきものが点々と見えるのみ。
海岸方向

ここから先は復旧の関係者以外立ち入り禁止なので、内陸にある国道4号線にまで移動。
しかしそのまま走っていたら仙台空港が近づいてきたので、空港へ向かった。
(おそらくこの先は瓦礫置き場としてダンプがひっきりなしに出入りしているので 関係者以外立ち入り禁止にしているのだろう。 もしくは自分みたいなのが大勢見に来るような光景が広がっているから、 そういう連中を排除するために禁止にしているのだろう。)
仙台空港までの地図

仙台空港に立ち寄ってきた。

空港を出て南下して五間掘川を渡ったところ。
非常に広い土地が荒れ地となってしまっている。何とかならないものだろうか。
荒れ地
荒れ地
地盤沈下でこんな状態に。農地側が落ちてしまったのに道路がそのままだから、歩道の端が崩れてしまっている。
端の崩れた道路

しばらく南下して阿武隈川を河口で無事渡河(橋が通れるかわからなかった)。
渡河後に鳥の海という湾に向かってみた。(阿武隈川を渡ったら、TVでその名がよく出てくる亘理町)
鳥の海地図

鳥の海の中に浮かぶ島(蛭塚-ひるつか-)。ゴミらしき物が見えるので津波被害を受けているようだ。
鳥の海の中に浮かぶ島

復旧工事の看板、むすび丸がいる。
復旧工事の看板

大規模な漁港の工事をやっていた。
漁港の工事

漁港(荒浜港)で昼飯が食えないかと思って行ってみたら、店はあるがもう仕舞ってしまったようだった。 (その店もプレハブだったから津波被害を受けたのだろう)
なのでそのまま漁港(鳥の海北側)を回って外海の方へ移動。

わたり温泉鳥の海。自分が来たときには被害の跡は見られなかった。 しかし周囲の何もない状況と比べると被害なしはおかしい。 きっと建物は復旧させたのだろう。
わたり温泉鳥の海

公園となっていたらしい場所は岸壁がひどく破壊されていた。
ひどく破壊されていた岸壁
ひどく破壊されていた岸壁
ひどく破壊されていた岸壁
「えんころ節由来」の碑

こんな周囲が何も無くなってしまった所にも自販機が置いてあった。不思議な感じ。
こんな所にも自販機が

鳥の海を再び来た方向へ向かう(左回り)。そして海に浮かぶ島へ渡る橋の前まで来た。

蛭塚へ渡る橋は破壊されていて立ち入り禁止になっていた。
橋は落ちてはいないが、手すりは軒並み持っていかれて危ない状態。これでは渡れんな。
立ち入り禁止

その先へ行ってみたら橋が落ちて通行不能になっている。仕方ないのでここから内陸方面に進路変更。
橋が落ちていた
ここから蛭塚を見る。遠目には被害を受けているように見えない。
蛭塚

県道まで戻っていったが、そこはさっき鳥の海に行くために曲がった交差点。もとに戻ったわけだ。
ここで高速道路の下を通ったら、すぐそばに食堂を発見したのでようやく昼飯に。(1256時)

野菜炒め定食。サラダは取り放題だった。
野菜炒め定食

ぐるっと回り道をして再び鳥の海へ。
鳥の海地図

南岸を一番奥まで行ってみたけど、途中までしか行けなかった。
道の南側はかなり酷い。津波のために土砂が流出したらしく、橋の両側が無くなって橋だけが残っている状態。
かなり酷い状態
川岸も流されて奥まで土砂が無くなっている。
かなり酷い状態

海の方を見る。
防波堤の工事をやっているが、右端の部分は新築のように見える。
防波堤工事中
このようになっていて、これから先には行けなかった。
立入禁止

対岸を見る
潮が引いているためか、干潟のようになっている。向こう側にはさっき見てきた温泉施設の建物だけが見える。
干潟

これで鳥の海を離れて南下開始。
鳥の海のとなりに野球場があるのだけれど、ここは瓦礫置き場となっていた。 どこへ行っても海岸の公園は瓦礫置き場になっている。 まぁ周囲は津波被害で人がいないのだから、公園を潰したって問題にはならないのだろうけど。

ここからしばらくは舗装されていたり舗装が剥がされたりしている場所を走っていく。
とにかく砂ぼこりが立つので、車がうっすらと白くなってしまう。


雑草が生い茂っているのでただの草原かと思うけど、所々に建物の土台が残っているので津波で流された跡だというのがわかる。
雑草が生い茂っている
建物の土台が残る

走っていたら、畑になっている部分があった。 試験的に栽培しているのか、自分用に栽培しているのか。
津波被害を受けた場所を随分走ってきたけど、農作物を作っているのはここだけだった。
栽培している
ちょっと離れた場所ではヒマワリが花を咲かせていた。
ヒマワリ

亘理郡地図 ここまで南下してきたけど、何らかの理由により内陸側へ進路変更した。
(記憶と記録がないが、通行不能だったのか?)

そして牛橋河の河口部分を迂回するようにして、再び海岸に近い道へと入っていった。

JAの倉庫があったが、津波被害を受けていた。
JAの倉庫

その海側の隣には小学校がある。 JA倉庫の被害は小さく見えたが、この小学校の体育館に見える被害もあまり大きくはないみたいだ。
屋根瓦が一部崩れているのは地震の所為だろう。
小学校体育館

JA倉庫のすぐ南にはコンビニ跡があった。
しかし内部はあまり片付けられていなくて、レジの機械なんかも残ったまま。 トイレは壁が無くなって外から便器が丸見えという状態。
コンビニ跡
JA倉庫との間は瓦礫置き場になっていた。
瓦礫置き場
分別後に見えないので、瓦礫を集めて置いてあるだけなのだろう。
瓦礫置き場


山元町地図

山元町に入ってしばらく行ったら、小学校の校庭に車が積み上げられていた。
(上の地図でいうと、坂本駅の下にある「常磐線」の文字の「線」のあたり)
被災車輌置き場
車はかなりの状態であるのばかりで、事故車輌ではないのがわかる。
そして小学校の方も二階まで被害が出ている。 ここら辺は避難できるような高い場所がないと思うのだけれど、二階まで津波が来ていて大丈夫だったのだろうか?
被災した車と小学校
小学校の前は河口というか用水路の河口というか、そういうところ。
海の方を見ると防波堤が切れている。そのため、消波ブロックを並べて応急処置をしてある。
防波堤が切れている
その横は瓦礫置き場になっているので、撮っている間に数台ダンプが入っていった。
瓦礫置き場
用水路には橋があるのだが、津波のため、この有様。 となりに仮設橋が架かっているのでそこを渡った。
破壊された橋
その仮設橋を渡る瓦礫を積んだダンプ。
仮設橋を渡る瓦礫を積んだダンプ

この先は工事車輌のみのようなので、一旦この道を離れて国道へ。
離れる前に海の方向を撮影。津波被害で只の野原のようだ。
海の方向を見る
左端の方を拡大してみると、黒い土嚢を積み上げた仮設堤防になっているのがわかる。
仮設堤防

山元町から新地町に入るが、宮城県から福島県へ入るということでもある。
これは宮城県の海岸を北から南まで走ってきたということだ。

新地町に入ってしばらく走ってから再び海へ向かう。
釣師浜海水浴場のあたりは堤防がかなり破壊されていた。
海の方を見る。
破壊された堤防
左側へ視線をずらすと地盤沈下の影響がかなり発生しているのがわかる。
破壊された堤防
更に左側へ視線をずらすと、家の土台が海岸に沿って延々と続いている。
破壊された堤防

1枚目の写真の右の方を通ると堤防に近づくことができたので、堤防へ行ってみた。
かなりの破壊状況だ。
破壊された堤防
1枚目の写真の方を見る。
防波堤は完全に破壊され、堤の陸側も土台の土がかなり削られている。 しかし海を見ると砂浜は残っているのがわかる。
破壊堤防
内陸方向を見る。車はあそこまでしかいけないので、徒歩で海岸に近づいた。
パイプが見えるが排水用のものだと思われる。
破壊堤防
電柱が根元からポッキリ折れている。
折れた電柱

新地町から相馬まで地図

ここからこの道を南下していったら、すぐに行き止まり(通行不能)。なので引き返して再び国道へ。
そろそろ相馬市に入るので、風呂を探すために内陸の市街地に入る。 しかし風呂は見つけられず、そのまま南下していって道の駅そうまへ到着。
ここは福島だけど、仙台の七夕飾りが幾つか飾ってあったのは意外。
七夕飾り
この道の駅には青のりアイスというのがあったので食べてみた。
うーん、確かに青のりっぽくはあるけど、想像よりは控えめな味だった。
青のりアイス

付近に風呂は無いかなと思って道の駅の人に聞いたら、松浦港に立ち寄り湯をやっている宿があるというのでその場所へ向かった。 松浦港郵便局となりにある「栄荘」という宿屋で500円也。 自分は温泉に浸かりたいわけじゃなく、ただ単に身体を洗いたいだけだから安いのは有り難い。
まだ16時過ぎという時間なので、風呂を利用している人は1-2人だけだった。 おかげでゆっくりと風呂に入ることが出来た。(でも質は500円という値段相応ではあるが)

風呂から上がったら、この旅行の最後の給油を実施。(残りの走行距離は600Km未満の見込み)
そして道の駅へ戻ってから夕飯。その土地らしい食い物が無かったので、ラーメンを注文。
夕飯

まだ17時過ぎなので、道の駅でのんびりボケっとしながら過ごして、土産物なんかも物色していた。
ところが日が暮れる頃になったら雨が降ってきた。 天気予報なんか注意して見ていないので、この雨は予想外だ。
夕立のような雨なのですぐに止むかとおもっていたけど、雨は降りっぱなし。 窓が開けられなくて車内が暑くなりそうでやだな、と思いつつ、雨の音を聞きながら就寝。
道の駅そうま
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